ひとりごと

ファルコムとの7年

kinoko(4M)

0. はじめに

まじめっぽいこと→まじめっぽいこと→いいわけ→開き直り。どう見てもだめな4年です、本当に(ry。本当はまじめなねたも考えていたが、所詮は低レベルなレポートにしかならないことに気づき、急遽覚書のようなものに変更したのである。嘘です、単に時間とおつむの関係で間に合わなかっただけです。

そんなわけで、儲としての思い出やら何やらをぐだぐだ記していきたいと思う。

別に紙版のpdfそのままでいいじゃないかと思うのだが、そうはいかないらしい。いまどきReader入ってない環境なんて考えられないと思うのだが。

1. ファルコムとは

古くからのPCゲーム愛好家はよくご存知だろうし、最近はマーベラスやらバンダイと提携していろいろ(主にPSPの印象が強い)やっているのでコンシューマゲーマーの方もご存知かもしれないが、一応簡単に触れておく。

PCゲームメーカー。完。

詳しいことはWikipediaでも見てください。有名どころはYsとか英雄伝説とか。通はザナドゥ、ソーサリアンなどを推すことが多いらしいが、自分は厨なのでオーソドックスなところが好き。

2. 儲の歴史

3. それぞれについて

3.1. モナモナ

モナークモナークの略。本をただせばドラゴンスレイヤーVII「ロードモナーク」がシリーズ化し、ライト層に受けそうなスリークオータービュー、大きめでかわいいキャラ絵になったもの。ええ、ライト層に受けました。いろいろと異なる部分はあるものの、こういう認識でよいと思う。基本的にはたくさんのキャラが勝手にわらわら動くのを、障害物を作らせたり橋をかけさせたりして効率よく敵勢力を倒すというもの。

序盤こそクリアするだけなら放置で十分だが、そのうちゲームに登場するすべての要素(出生率?や税率、1キャラあたりの構成人数など)を考えて行動する必要になる。攻略サイトなども見たことはあるが、とてもヌルゲーマーにはやっていられないやりこみゲーである。

自分が初めて買ったPCゲーム。近所の本屋でそのパッケージにつられて買った。なお、そのときはまだファルコムを知らず、メーカーも特に気にはしていなかった。当時は小遣いが月に500円ほどだったので、結局1,2しか買えず、気づいたときには販売が終了されていた。2005年にソースネクストより再販されたらしいが、できれば「みんなの〜」でそろえたいものだ。結局まだ買っていない。ちなみに、DirectXは使われていない。

3.2. 海の檻歌

儲への第一歩。所謂ガガーブトリロジーの発売順で最後、物語的には真ん中の作品。これもパケ絵などに惹かれた口だが、中身は98然としたドット絵が主体である。当時はなぜか2,3周した記憶がある。そしてデバッグモードなどでキャラのパターンや独特の戦闘システムの裏側などを垣間見た。あれからPCも3代目になり、バイナリやセーブデータもどこかへ行ってしまったが、もう一度プレイしてみたい物語である。Win版(XP対応版ではない)があるのでPSPにはわざわざ手を出す気にはなれないが。

少なくともシリーズ中、最もバランスの取れたRPGである。シナリオ、サウンド、キャラクター、一応グラフィックも。3が習慣的巡礼、4が妹探しという動機を与えられているのに対し、巡業の旅である。確かに特殊な環境ではあるが、他に比べ最も「選ばれし者」という感覚から遠く、「小さな英雄」たるにふさわしい。サウンドに関してはタイトルに歌の字を関するだけあり、クオリティも高いばかりか、シナリオとも密接にかかわっている。そして設定が投げっぱなしでは無い。そのシナリオも、3,4プレイヤーへの作品と思われがちだが、けしてそうではない。むしろ本作あってこその3である。ラップ爺さん、ラモン、トーマス、フォルト、そしてゲルド。彼らは、けして絵本や伝承の中だけの存在ではない。プレイヤーが体験した物語であるからこそ、後の小話で生きてくるのである。彼らもまた英雄であり、英雄伝説なればこそ、伝説化を共に追わねばならない。

3.3. 朱紅い雫

何よりも画面の美しさに感動した。コンシューマゲームはGBが中心で、64も荒いポリゴンであったから、256色の檻歌から65536色の世界への変化は脅威であった。このシリーズは、英伝だけではないが、OPやテーマ曲も非常にすばらしいものがある。作品を通して暗い印象で、シナリオも鬱系の展開を見せるが、最終的にはハッピーエンドなので物足りない人には物足りないかもしれない。

本作は3,5よりも「小さな英雄」らしさに於いて劣る感が否めない。なぜならば所謂「神殺し」の物語であり、それはすでに立派な英雄譚である。大きくシナリオが変わったWin版はともかく、98版は一層その色が濃い。魔法の取り扱いに於いても、3,5よりも普通のRPG的である。そういうわけでやや疎外感を感じる本作ではあるが、3のギドナの遺跡の壁画を見たとき、歴史が繋がるのを感じるのである。そこに描かれた黒白の蛇は2柱の神を連想させ、カンドとチャペルは黒白の魔法に繋がるのである。ではなぜカンドとチャペルが元来同一とされたのか。そこで5の登場である。共鳴石、異界、生まれついての魔女。…やはり4はウェイトが小さいな。

かなり神話的なストーリーだが、最終的に印象に残るのはやはりシスコンな主人公と、幼馴染とのやおいなふいんき(←なぜか変換できない)。

3.4. YsI・II完全版

ファルコムリメイク時代のある意味最狂版。初代、エターナル、そして完全版。エターナルは98年発売であるから非常に短い間隔でのリリースである。おまけにIIも同様の展開をし、さらにはI・II完全版をそれぞれに分けても発売されている。当然新たな特典をつけてである。自分は最初に手を出したのがI・II完全版で本当によかったと思ったものだ。

ゼルダっぽい2DARPGだが、一番の特徴はなんと言っても体当たりによる攻撃と半キャラずらしであろう。会話や選択以外は十字キーで事足りるというのはある意味衝撃であった。アイテム使えば魔法(IIのみ)もホーミングするし。ちなみに、シナリオの面でラピュタとねたがかぶっている感があり、製作時期やらとあわせて時折議論が巻き起こることがある。個人的には、ありきたりな話なので別段かぶっていてもたいした問題ではないと思う。

あと、これより前、塔や女神に関する話がOriginにて語られるそうだ。シリーズものの常として、設定は後からどんどん増えていくが、正直楽しみにしている。

3.5. ツヴァイ

儲であることを自覚した一品。かわいらしい見た目とは裏腹にきびしいタイムアタック的要素も含まれており、当時は叩いていたが、振り返ればこれもなかなかの良作といえる。なによりも、完全新作だったし。←普通はそれが当たり前。このころよりファルコムも技術刷新を図っていたらしく、メインは得意の2Dでありながら、ボスだけは3Dであった。ただしすごくポリポリ。

3.6. YsVI

伝統シリーズにも変革のときが。Vよりボタン攻撃方式とはいえ、I・II的なイースではなくIIIよりのシステム構成となっていた。3D化に伴いジャンプの概念が加わって俄然アクション臭が強くなり、しかもどこでもセーブや放置で回復などの機能もなくなったため、自分には非常にきつい作品であった。獣耳はやっちゃった感が今でもぬぐえない。まあ、新シナリオで今までの矛盾やこれらの方向性などを修正してきた点は評価できると思う。

3.7. 空の軌跡FC

当初は英雄伝説6で、続編のにおいもしなかった。当然おそらく7,8…と続く新たなシリーズであると思っていた時期が自分にもありました。蓋を開ければ一作を二つに分けたような代物で、気づけばFCと名が変わりSCが発表された、と。  こちらも3Dに移行し視点が動かせるようにはなったが、それ以外の点はあまり見出せなかった。同じ3Dでもイース系のエンジンとは大きく異なるようである。もともとこの3Dエンジンは一時期ローカライズしていた韓国ゲームから来たものと思われるが、ARPGであるイース系とただのRPGである英伝系では少し由来が違うのかもしれない。

もちろん単体として未完であるゆえ単純な比較はできないが、ガガーブに比べ「小さな英雄」らしさに欠ける感がある。対峙する組織が非常に大きな規模と深みを持っているように描かれている反面、舞台は1国に留まり、なおかつ物語は主人公視点でどんどん進んでいく。大きな流れの中に居るという雰囲気が感じられにくいのである。主人公の立ち位置が冒険者であり、4に近いことも影響しているのではないだろうか。

幼馴染をはじめ姐御、お嬢様、ロリ、天然、ボクっ娘などなど数多く取り揃えられているが、やはりジルであろう。そう、眼鏡だ。

3.8. YsF

YsVIをプレイし、正直3Dアクションはアレだったのだが買ってしまった。これが儲クオリティ。とくにYsVIから変わったところもなく、設定の面でも自重してほしかったようなところもなく。純粋に楽しめた。初期イースシリーズ中異彩を放っていた横スクロールアクションも、3D化により違和感なく融合した。オリジナルと同じくシリーズナンバーを与えられなかったのは残念だが。

3.9. 空の軌跡SC

買ったはいいが、まだクリアしていない。だんだん時間も取れなくなってきて、信者失格である。いつの間にやら英伝ナンバーが外れて「英雄伝説 空の軌跡SC」になっていた。おまけに声付きに。有名どころを使っていても、FCや、今作からでも、自分の中のイメージと異なれば余計な機能になってしまう。近年ゲームはアニメ化してきているが、むしろノベル化の方が目指すべき方向としてよいのではないだろうか。もちろん、AVGやサウンドノベルがあるじゃないかということではない。ゲームはアニメと異なり、プレイヤーは世界に介入し、選択権を有する。そこには各人の想像力があり、これは文字と簡単なイラストのみが与えられるノベルと同じである。メーカがプレイヤーをより惹きこませるために声付きにするというのもわかる。が、プレイヤーはあくまでも自らが世界の構成にかかわろうとするべきではないだろうか。能登声のゲームだからするのではなく、脳内で自らの好みに保管するべきなのである。多くのプレイヤーがそれを望めば、状況は変わってゆくかも知れない。

3.10. 白き魔女

やはり信者たるものやっておかなければならないものがある。こちらもまだクリアしていない。檻歌に出てきた少女の足跡をたどってみたいと思う。これもグラフィックが一新されていて驚いた。三部作をそろえる誘惑に負けそうである。

概要はすでに知ってはいたのだが、これはゲルドの物語であり、彼女の死を知らされたときは正直こたえた。前半のお気楽展開がより喪失感を倍加させる。

英雄伝説の由来根本は、そこら辺の所謂ただの人が、物語が進むうちに祭り上げられないながらも「小さな英雄」になっていく部分である。その意味に於いて、本作の英雄はジュリオとクリスであるとするのは容易であろう。しかしながら最後に胸に残るのはゲルドの生涯である。これは檻歌から入ったからゆえの感想であるかも知れないが、異界に生まれ諸国を歩き、警鐘を説き18にして凶刃に斃れた少女こそが正に英雄である。言葉にすれば陳腐な話だが、従たる物語として語られる点がプレイヤーの共感を呼び想像を喚起させる。胸を打ち心震わせる。詠うRPG正にかくあるべし。

ちなみにフィリーはそんなに萌えない。

3.11. YsO

先日発表された今年のクリスマス商戦作品である。…買うさ。即日注文しますた。

4. 最後に

こんなものを載せようだなんて、堕ちるところまで堕ちたね。院進学も決まったし、来年こそはまとも路線に復帰したいと思う。まあおそらく今より忙しくなるだろうからどうなるかはなんともいえないが。(予防線