自作期間
主に自作を行った期間だが、Linuxのインストールも含まれる。
また、まだ大学の講義があったことから、日数が空くこともある。
0日目(6/30)
X680x0というサークルには、いろんな先輩が集まっている。
パソコンを作った人も、自宅サーバを動かしている人もいることから、自宅サーバを動かすことを念頭に置いた自作パソコンのパーツについて、先輩方にアドバイスを求めた。
偶然にもその日はOBでパソコンパーツショップに勤める先輩が来ていたことから、その人を中心に何名かの先輩から助言をもらう形となった。
特にCPUはIntelじゃなきゃダメ!ということもないので、Linuxでサーバを立てるという前提で推奨構成を聞いた。
まずLinuxであることやこだわりがないことから、CPUをAMDのAthlonと決定した。これがすべての基準となる。
次にそれを置くマザーボードになった。CPUの形はAM2という型で、それに合うAMD 690Gチップセットと書かれたものを選ぶことにした。
ちなみに、AMDはともかく690Gとかは聞いたこともない。
サーバという観点から、常時静かである方がいいとのことで、電源は日本製になった。電源だけは必ずいいものに!と力説するように、電源がよくないと、いろいろ困ったことになったり、音がうるさいそうだ。
主パーツ補足
CPUAMD Athlon
マザーボードAMD 690Gチップセット
電源日本製
メモリ1GB 1枚
ドライブ何でも良い
次にメモリは1GBもあれば十分で、ハードディスクもそれほど容量にこだわる必要もないとのことなので、バルク品でも大丈夫だろうと言われた。
光学ドライブに関しては買うことは決定済みだが、特に指定もなく、最後のケースはどうしてもという場合は店で相談した方がいいということになった。
ここで、右の表にあるような構成が決定した。
1日目(7/5)
パーツを求め秋葉原のパーツショップに入った。
あまりにもいろいろなものが置かれ、どこを見ていいのか分からず混乱した。
しばらくお客さんの様子を見て、CPUやメモリ、HDDなどは型番を店員に読み、カウンターで即会計に移ることが分かったので、後回しにした。
マザーボード、電源などを先輩のくれた上の暫定仕様の名前を一つずつ探し出し、よく分からないけれど組み立ては可能なパーツを購入した。
そして、自作パソコンは以下のような構成に決定した。
主パーツ 型番など 数量や補足
CPU AMD Athlon 64X2 実はDual-Coreだった
マザーボード M2A-VM HDMI AMD 690Gチップセット
電源 AS Power Silentist S-450EB 日本製
メモリ DDR-2 PC2-5300 1GB 1枚,バルク品
HDD Deskstar P7K500 320GB
光学ドライブ GSA-H58N バルク品
ケース GZ-X1BPD-100 ミドルタワー 黒色
その他 イーサネットボードなどを少々購入。
書き忘れたが、一度にケースを含めた全パーツを買った。中には箱入りのものもある。もちろんケースの中身は空。
結果、両腕の袋と持参バッグの三つが大荷物となった。しかもかなり重い。改札口や電車、駅から自宅までが地獄のようだった。
ここから本題の組み立てに入る。今回の組み立ての流れは以下のようになった。
  • ケースを開ける
  • マザーボードにCPU,メモリを取り付ける
  • ケースにマザーボードを取り付ける
  • HDMI用の専用カードを差す
  • HDD,CD/DVDドライブを取り付ける
  • 電源を取り付ける
いくつか突っ込みどころもあるが、今回の自作最大の犯罪がここで行われた。
組み立てで一番取り付けやすそうなCPUから固定することにした。
今回は一度金属棒を立て、そこにCPUを置き、棒を下ろして固定しなければならないが、一回目はそれをしていなかった。
CPUファンに関しては、初めから熱伝導をよくするための強力な粘着性のあるグリス的な何かが塗られていた。
それを知らずに取り付けたが、取り付ける向きが180度違うため、コードが少し遊びすぎの状態となった。
恐らくそれを防止するために、180度違う場合は取り付け難い設計になっていたのだろうが、そんなのお構いなしと言わんばかりに無理矢理固定してしまった。
それを無視して自作を続け、とりあえず完成した。
いくつかコードが余った。電源から延びるコードは余るのが当然だし、光学ドライブやハードディスクも各一つずつなので、それをつなぐコードに股がある場合は当然余る。
しかし、それ以外に余るコードが出てきた。
その状態で一度電源を入れると、ファンなどが動いてパソコンが動いたのは確かだが、ディスプレイへの出力はなかった。

動かなかったので一度解体した。
その際、無理矢理固定したCPUファンがぴょんと飛ぶように跳ねた。そしてマザーボードを見るとCPUがない
ファンの裏を初めて見ると、見慣れぬ物体が強固にへばりついていた。CPUだ。
とりあえず慎重にそれを外し、その時点では金属棒を立てることを知っていたため、慎重に棒を立ててCPUを置き、がっちりと固定した。
ファンは相変わらず向きが変わらず無理矢理固定し、残りの大きなパーツはコードをつなぐだけとなった。
その時点で、まだコードが余っていた。画面や音の出力をするコードがまだつながれていなかったようだ。

3度目の正直と言わんがごとく、解体した。
その際、無理矢理固定したCPUファンが以下略。再度同様に取り付け組み立て、余るコードがほぼなくなった。
しかし、今度は何の動作もしなくなった。
何度か解体し、CPUを見たとき愕然とした。CPUのピンがねじ曲がっている。
とりあえず修復せずには使えないので、折れることを覚悟して修復したが、すぐにピンが折れた。
まとめると、以下のようにしてCPUは破壊された。
  • 向きが違い、固定し難いファンを無理矢理固定した
  • ファンには強力な粘着性を持つグリス的な何かが塗られていた
  • CPUはがっちり固定されているが、ファンが外れたとき一緒に抜け、多分ピンが曲がった(粘着>>固定)
  • それに気づかず再度固定した
  • つまり、力ずくでCPUを抜き、ピンが曲がっているのを知らずに上から力をかけて固定した
  • 結果、ピンがねじ曲がった
そもそも1回目にCPUが固定されていないのに動いたことにも驚いたが、固定したCPUがグリスでファンとくっつき、ファンがぴょんと跳ねたことで無理矢理引き抜かれたことにも驚いた。
こうして、自作一回目は盛大な失敗で幕を閉じた。
2日目(7/6)
さっそく秋葉原に再来。同じ店で同じCPUを購入し、一度固定したCPUは絶対にはがさない!っと言い聞かせながら組み立て開始。
この時初めてCPUファンの向きが違うことに気付いた。しかし配線にも間違いがないものの何も動かず終了。
3日目(7/12)
チャットなどで先輩に報告し、何があった!?と言われながら情報を集めた。
パソコンは電源とマザーボードなど最低限のパーツでも動くので、メモリなどを外して電源を入れたが、それでも動かなかった。
もしかしたら何かパーツが壊れたのかもしれない。と考え、部会で先輩から上以外の壊れたパーツの見分け方を聞いた。
一番いいのは同じ環境を二つ用意することだ。と言われた。
もしくは動くパソコンのパーツを取り換え、動かなかったらそれがアウトになる。
こちらには動くデスクトップはなく、何が悪いのか全く分からないので、マザーボードを買って、同じ環境を2つ作る強行策に出ることにした。
他にも別の先輩からはファンのグリスはふき取ってからじゃないと今回のような被害が出るとも言われた。
それらの情報を持ち帰り、マザーボードを買い、ケースに取り付けられたものと取り換え、ファンのグリスをふき取り再度組み立て、電源を入れた。
すべてが何事もなかったかのごとく正常に動きだした。
どこでかは分からないが、マザーボードが壊れていた証拠だ。
こうして自作パソコンは完成し、CPUとマザーボードを破壊したという黒歴史も同時に完成した。
4日目(7/13)
組み立ては終わり、今度は自宅サーバ構築に移った。OSはLinuxの一つCentOS5.2に決定。
JEDにGUIで動くLinuxがあることと、サーバにGUIはいらないことから、GUIはインストールしなかった。これからの設定はすべてコマンドオンリーで行われる。そもそも、設定にGUIを使うものはほとんどない。
てきとうに設定をしたところ、LANポートを認識せず、インターネットにつなげないパソコンが完成。
「インターネットにつなげないサーバは、ただの箱だ。」と言う声が、どこかの素敵な豚さんの声で頭に響いた。
さらにOSの再インストールの前に、I/Oポートの一部が、組み立てミスで穴がふさがっていることに気付いたため、ねじを外してはめ直すなど、組み立ての荒が出てきた。インストールも設定がてきとうなため、正常に動くことなく終わった。
こうして、目標の1つは達成されぬまま、後半戦に突入することとなった。
おまけ1:パソコンの自作講座が行われた。
名目はdocdocなる部内パソコンが壊れたので代替機を作る、で希望者はその組み立てや設定などを講座形式で見ることになった。
注意事項として先輩が言ったことの多くをやっていたので、誰かが書いていたが、自作講座をしていればこのような痛ましい事件は起きなかったと思われる。いや、高確率で起きなかった。
おまけ2:FreeBSDをインストールしてみた。
CentOSが上手くいかないので、先輩達が使うサーバを構築したOSを聞いてみた。
debianなど聞いたことのあるOSの中から、今回はFreeBSDを選びインストールしてみた。
それなりにうまくいったが、SSHのところで立ち止まった。
秘密鍵を、どのようにしてノートパソコンに送るか。
残念ながらFDもFDDもなく、CDなどは秘密鍵を入れるには大きすぎる。しかしこれがないと遠隔操作ができない。
そう悩みネットを検索すると、ネットを介して秘密鍵を送るのは推奨されないと書かれていた。
推奨されないということは、できる。そう考えてみれば、1台だけSSHが使えるLinuxサーバが見つかった。
その名を、JED。windowsでもPuttyやWinSCPでログイン経験があり、なおかつFreeBSDのSSH接続でログインもできる。
両者が入れるスペースということで、JEDの個人フォルダに秘密鍵を送り、それをすぐWinSCPでコピー、削除した。こうして無事秘密鍵を入手し、SSHログインが可能となった。
一ヶ月後、すぐに消されるのだが。